バルバロッサ作戦〈上〉―独ソ戦史〈上〉 (学研M文庫)



バルバロッサ作戦〈上〉―独ソ戦史〈上〉 (学研M文庫)
バルバロッサ作戦〈上〉―独ソ戦史〈上〉 (学研M文庫)

ジャンル:歴史,日本史,西洋史,世界史
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戦争の中の戦争

本書は1941年の独ソ開戦から43年のスターリングラード攻防戦までを戦闘面を中心に叙述したノンフィクション戦記である。この続編は「焦土作戦」となる。「バルバロッサ作戦」を読むと、独ソ戦の凄惨苛烈ぶりがよく分かる。これほど大規模にして激烈な戦争はかつてなかったし、これからも多分ないだろう。大戦争などという表現では追いつかない。古代ペルシャ戦争も、ペロポネソス戦争も、ポエニあるいはハンニバル戦争も、あるいはナポレオン戦争も大戦争かもしれないが、独ソ戦はそれらをはるかに凌ぐ。まさに戦争の中の戦争といってよい。
現代のドイツ人もロシア人も、こんな戦役を戦い抜く根性はもはやあるまい。戦後日本人が今や日露戦争も大東亜戦争もできないのと同じである。
全体にかなりの迫力で、当時のドイツ軍の強兵ぶり、ソ連軍の粘り強い戦いぶりともに鮮やかな印象で読者に刻まれていく。当時のドイツ軍の装備や編成には先進的な部分と意外に古ぼけた部分とが混在していたようだ。また膨大なソ連を全面征服するには人的にも物的にも国力不足だったようだ。しかし敗北したとはいえ、戦史に圧倒的な記憶として残る戦いを遂行したドイツ民族にはやはり驚きを禁じ得ないのである。
独裁者の弱気

フランスを占領したドイツ第三帝国の次のターゲットは東の大国ソ連。軍事的天才であり独裁者であったヒトラーの発案によるバルバロッサ作戦は、ポーランドやフランスで大成功をおさめた電撃戦を用いた大胆なものであった。ソ連の心臓部モスクワを直接攻撃するための戦略爆撃機を持たないドイツにとって、突破力の優れる機甲部隊を突進させ、ソ連軍の混乱に乗じて短時間でモスクワを占領できなければ作戦成功が望めないことは、誰の目にも明らかであった。しかしソ連領土深くに突出した機甲部隊がソ連軍の強力な防衛軍によって壊滅されることを恐れたヒトラーは、前線にいた元帥達の反対を押し切ってモスクワまであと一歩という攻撃部隊を停止させてしまった。「細心に準備し、大胆に実行する」という軍事行動の基本原則を忘れ、さらに撤退し続けるソ連軍を見て自己の戦力を過信してしまったヒトラー。かつて多くの軍事指導者達が犯してきた過ちが再び繰り返されてしまったのである。本書は著者の創意工夫により、当時の戦場の地理的関係を知らずともその戦闘の流れを理解できる好著である。そして何よりも、軍事(国家)指導者の優柔不断と弱気が作戦にどれ程大きな影響を与えうるのかを知るための好材料でもある。
リアリティあふれる描写

ドイツ陸軍というと、電撃戦、非常に機械化された装甲軍団というイメージがある。独ソ戦前半のドイツの勝利は、そういった装備面での優位性が大きくものをいったのではないか、と勝手に思い込んでしまう。しかしこの本を読むと、そのような幻想はなくなってしまう。実情はソ連にはT34やカチューシャロケットなどの優秀な兵器は多く、また相対的にドイツの戦車の性能はさほど高いものではないことが分かる。行間から読み取れることは、戦場でのドイツ軍の運用(もしくは戦術)の優秀性が、緒戦から中期にかけてのドイツの進撃を支えたのではないか、ということだ。もちろんこれは私の解釈であり、人によっては違う見方もあろう。著者はその描写に「客観性」ということを非常に重視して書いており、読み手によっていろいろな理解を生むことができるのはこの本の魅力であろう。

戦争初期のドイツ軍の快進撃は比較的スムーズに読めるものの、中盤に差し掛かるころの凄絶さは、読み手にある種の重さを与える。秋は道路は泥濘と化し補給が途絶し、冬は冬で冬将軍によって兵士の手足は凍傷にかかる。凍傷の手で銃を取り、機動戦を行うドイツ兵。文章が客観性に富むだけに、よけいにその凄絶さが際立つ。この本の続編の「焦土作戦」も必ず読もうと思っている。
ルーマニアおじさん:ドイツの司馬良太郎?

 この本は、独ソ戦の1941-1942スターリングラード攻防戦まで描く”バルバロッサ”の第1巻目である。

 私は、この本はドイツ人の”司馬良太郎的作品”と考えている。ここでいう”司馬良太郎的作品”とは、歴史の大きな流れの中で個々の登場人物がどのように生を全うして生きたか、あるいは死んだかを巧みに体系的に表現し、なによりこれを読むとどこかで自分の生き方、あり様に思い当たることがあるという既視感がもってしまう小説のことだ。

 さて、この本の良さを上げるとしたら、北はスターリングラード南はオデッサまで至る膨大な戦線での闘いを、上手い具合に書いていることである。私も同時期のルーマニア王国軍の戦史を研究しているが、この”上手くかかれて”というところがまさに脱帽である。焦点になる部分を巧みに切り取って、その継ぎ目を感じさせないように書かれているのだ。

 ただ、忘れてならないのは、この本は小説であり、外務省に勤務した人物が戦後に書いた点である。多分に”ドイツ人は義務に忠実で、懸命に頑張った”という風に書いてあるが、そのあたりは多分に見びいて読むと良い。

 最後に、この本の翻訳について書きたい。この翻訳は原著の魅力を如何なく発揮し、その上で別の小説を作り出すほど巧みな翻訳といっても良い。

 知らずに時を忘れ、そして知らずに読みふける本とはまさにこのことだろう。



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